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東京高等裁判所 昭和62年(行ケ)60号 判決 1987年11月30日

主文

特許庁が、昭和六〇年審判第一八四九一号事件について、昭和六二年二月九日にした審決を取消す。

訴訟費用は被告の負担とする。

事実

第一  当事者の求めた裁判

一  原告

主文同旨の判決

二  被告

「原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とする。」との判決

第二  請求の原因

一  特許庁における手続の経緯

原告は、登録第一二九七〇七三号商標(以下「本件商標」という。)の商標権者である。本件商標は、別紙のとおり、「CHEY TOI」及び「シェトア」の文字を横書きしてなり、第一七類「被服(運動用特殊被服を除く)、布製身回品(他の類に属するものを除く)、寝具類(寝台を除く)」を指定商品として、昭和四八年一〇月五日登録出願、昭和五二年九月五日設定登録されたものである。被告は、原告を被請求人として、昭和六〇年九月九日、本件商標の登録取消の審判を請求し(昭和六〇年一〇月一六日同登録)、特許庁は、同請求を昭和六〇年審判第一八四九一号事件として審理した上、昭和六二年二月九日、「登録第一二九七〇七三号商標の登録は、取り消す。」との審決をし、その謄本は、同年三月二五日原告に送達された。

二  審決の理由の要点

1  本件商標の構成、指定商品及び登録日は、前項に記載されたとおりである。

2  請求人(被告)は、本件商標の登録取消の審決を求め、その理由として、本件商標は商標法五〇条に該当するものであるから取り消されるべきであると述べた。これに対し被請求人(原告)は、何ら答弁していない。よって按ずるに、商標法五〇条による商標登録の取消審判の請求があったときは、同条二項の規定により、被請求人において、その請求に係る指定商品について当該商標を使用していることを証明し、または使用していないことについて正当な理由があることを明らかにしない限り、その登録の取り消しを免れない。しかるところ、本件審判の請求に対し被請求人は何ら答弁、立証するところがない。

3  したがって、本件商標の登録は、商標法五〇条の規定により取り消すべきものである。

三  審決を取り消すべき事由

審決の理由の要点1、2は認め、3は争う。

審決は、審判請求人適格について誤った判断をし、かつ本件商標の使用事実について審理不尽の違法があるので、取り消さなければならない。

1  被告は本件審判を請求する適格を有しない(取消事由(1))。

被告は、昭和六〇年八月一五日後記の被告商標につき商標登録出願をし、その出願直後の昭和六〇年九月九日に本件取消審判を請求している。しかし、被告商標の使用実績は皆無であるから、単にその登録出願をしただけでは本件商標によって不利益を受ける筈がないので当然にはその取消審判を請求する利害関係は発生しない。また、本件商標と被告商標とは同一ではないから、審査官が被告商標に類似する商標として本件商標を引用して被告商標の登録出願につき拒絶理由を通知した時点において初めて本件商標の取消審判を請求する利害関係が発生するのである。

2  本件商標は、本件審判請求登録日前過去三年以内において使用されている(取消事由(2))

原告は、原告の一〇〇%出資会社である「ユニーク産業株式会社」に対し、昭和五七年以来、本件商標に対する通常使用権の許諾をしており、該ユニーク産業株式会社は、その許諾に基づいて、本件商標の使用を継続しており、本件審判請求登録日である昭和六〇年一〇月一六日以前過去三年以内において、本件商標の使用をしている。すなわち、ユニーク産業株式会社は、昭和四五年四月一六日に設立され、設立以来、原告から寝具類の生地素材を購入して、主にシーツ、座布団カバー、コタツ掛等の寝具類を製造並びに販売しており、その取扱商品に対して「CHEY TOI」の商標を付して本件商標を継続使用している。

商標法五〇条において、「被請求人が登録商標の使用を証明しない限り、……取消しを免れない。」と規定しているが、その法意は、登録商標が使用されている事実が仮にあったとしても使用の証明がされないときは登録の取り消しを免れないという原則的な規定であって、審決確定時前に使用証明がされれば登録商標の取消しは免れるものと解釈すべきである。

第三  請求の原因に対する認否、反論

一  請求の原因一、二の事実は認める。同三の主張は争う。

二  審決の認定判断は正当であり、原告主張の審決取消事由は理由がない。

1  取消事由(1)について

被告は昭和六〇年八月一五日「CHEZ TOI」の文字を横書きしてなる商標(以下「被告商標」という。)につき商標登録の出願をした。そして、商標法五〇条の取消審判を請求する利害関係とは、その登録商標の登録が取消されることによって利益を受けるような関係であるところ、被告商標は、これと類似する本件商標を引用され商標法四条一項一一号に該当するとの理由で拒絶されるであろうから、被告は本件商標の取消審判請求をするについて利害関係を有するというべきである。

2  取消事由(2)について

商標法五〇条の規定の趣旨は、登録商標が使用されている事実が仮にあっても、使用の証明がされないときは、登録の取消しを免れないとの法意である。そして、審決取消訴訟においては審決時において登録商標の使用証明がされたか否かが判断されるべきところ、原告は審決までに本件商標の使用を証明しなかったのであるから、商標法五〇条の規定に基づき本件商標の登録が取り消されるべきであると判断した審決には何ら違法はない。

このような商標法五〇条の解釈については、東京高等裁判所昭和六〇年一〇月三一日判決も判示するところである。

第四  証拠(省略)

理由

一  請求の原因一、二の事実は当事者間に争いがない。

二  そこで、原告主張の判決取消事由について判断する。

1  取消事由(1)について

原本の存在及び成立に争いのない乙第二号証によれば、被告は昭和六〇年八月一五日被告商標につき第一七類「被服その他本類に属する商品」を指定商品として、商標登録出願をしたことが認められるところ、被告が同年九月九日に本件審判請求をしたことは当事者間に争いがない。そこで、本件商標中の欧文字の商標と被告商標とを対比すると、両者の構成はいずれも、欧文字からなり、四文字からなる語と三文字からなる語を横に並べたもので、その七文字のうちの一文字を異にするにすぎないから外観において類似するものと認められる。そして、両商標の指定商品が相互に牴触することは前述したところから明らかであるから、被告商標は商標法四条一項一一号により登録拒絶を受けるおそれがあるというべきである。

ところで、商標法五〇条の規定による登録商標の取消審判を求めるのに必要な利害関係は、自己の登録出願中の商標が該登録商標と類似し指定商品が牴触するために商標法の前記規定により登録拒絶を受けるおそれがあれば足り、その旨の拒絶理由通知を受けたことを必要としないと解すべきであり、これに反する原告の主張は採用できない。したがって、被告は本件商標につき取消審判を請求する利害関係があるといわなければならないから、原告の取消事由(1)の主張は採用できない。

2  取消事由(2)について

成立に争いのない甲第二号証の一ないし五、第三号証、第六号証の二、三、証人橋本克己の証言により真正に成立したものと認められる甲第六号証の一及び同証言並びに弁論の全趣旨によれば、原告会社から本件商標に対する通常使用権の許諾を受けた愛知県蒲郡市所在の訴外ユニーク産業株式会社は、その許諾に基づき、少なくとも昭和五七年九月以降昭和六一年七月までの間、本件商標である「CHEY TOI」の文字が付された箱入り等の寝具類を同市内所在の鈴木繊維に販売していることが認められる。そうすると、本件商標は、本件審判請求登録(これが昭和六〇年一〇月一六日になされたことは当事者間に争いがない。)前三年以内に日本国内において通常使用権者によってその指定商品のうち寝具類について使用されているといわなければならない。

ところで、商標法五〇条二項は商標登録取消の審判において、被請求人が同項本文の要件を証明し同項但書の要件を明らかにしない限りその商標登録の取消を免れない旨規定していることは審決の述べるとおりであり、原告が審判において同条二項の要件につき何ら主張立証をしなかったことは原告の自認するところであるから、同条二項に基づき本件商標登録を取消した審決は審決の時を基準にすれば一見適法にみえる。

しかしながら、商標法五〇条一項、二項の要件を対比検討すれば、同条一項は商標登録取消審決の要件に関する限り無意味の規定であり、同条は第二項本文の「その審判の請求登録前三年以内に日本国内において商標権者、専用使用権者又は通常使用権者のいずれかがその請求に係る指定商品のいずれかについての登録商標(その登録商標と相互に連合商標となっている他の登録商標があるときは、当該登録商標又は当該他の登録商標)の使用をしていること」及び同項但書の「その指定商品についてその登録商標の使用をしていないことについて正当な理由があること」との要件が認められないことを商標登録取消審決の要件としたもの(換言すれば同条二項本文、但書の右要件を商標登録取消審判の請求を成り立たないとする審決の要件としたもの)と解するのが相当である。このように解することは、(一)昭和五〇年法律四六号による改正後の商標法五〇条の立法趣旨は不使用による商標登録取消の審判を実効あらしめることにあるところ、客観的には使用されているが審決においてその証明がなかった商標登録を取消すことまでも右立法趣旨が要求しているとはいえないこと、(二)右のように解することにより、不使用商標登録取消の審判と制度の趣旨を共通にする存続期間更新登録についての商標法一九条二項但書二号、二一条一項二号と要件の定め方において一致すること、(三)不使用商標取消の審判においてのみ商標法五六条が準用する特許法一五〇条一項、一五三条一項が定める審判手続における職権探知主義を排除しているものと解する根拠がないことに照らしても正当であることが明らかである。したがって、本件審決取消訴訟においては審決時において右要件が存在したか否かを判断すべきであって、審決時において本件商標の使用証明がされたか否かだけを判断すべきものではない。これに反する被告の主張は採用できない。

そうとすると、前認定の事実によれば本件商標につき商標法五〇条二項本文に定める前記要件が審決時に存在したことは明らかであるから、これが認められないことを前提とする審決の判断は審決の時を基準としても違法であり、取消しを免れない。(被告の引用する判決は事案を異にし前記判断と牴触するものではない。)

三  よって、原告の本訴請求を正当として認容し、訴訟費用の負担につき行政事件訴訟法七条、民事訴訟法八九条を摘用して、主文のとおり判決する。

別紙

<省略>

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